3月になりました。雪の下から新しい芽が出てくる時、幼稚園や学校では卒業の季節ですね。こんなお詠があります。
さいた花見て喜ぶならば さかせた根元の恩を知れ
花というのは綺麗ですよね。花びんに生けてあっても、道端に咲いていてもそれをじっくり見てみますと、人の心を和ませてくれる、花にはそんな力があると感じます。
さて、このお詠、綺麗に咲いた花の影には、土や日光、葉や養分、はたまた水をあげる人のお世話など、いろいろな力添えが加わって咲いている、そのたくさんの根元の恩を心に留めなさいよと私は解釈しております。
これを私たち、特に『卒業を迎える人』ということに当てはめてみますと、もちろん自分自身の努力もさることながら、たくさんの助けや力添えによって『卒業』という日を迎えることができるのだと思うのです。
先日、子供が通う幼稚園バスの運転手さんがお寺の前で声をかけてくれました。今年度で定年退職されるそうで、感慨深そうにバスを降り、お寺の前に佇んでいらっしゃいました。その時、あ~、ここにも長年子供達がお世話になった方がいらっしゃったのだな~ということをしみじみ感じさせていただきました。 根元の恩、目には見えないけれどもたくさんの方に支えられながら生かされている私たちです。この卒業の季節、そういった方々に感謝の思いを持って、また守ってくださるほとけさまに手を合わせ、生活させていただきましょう。
なむあみだぶつ
西方寺
住職
2017.3.2